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時々更新mn日記

( 2013/07 ← 2013/06 → 2013/05 )


[ ミニクラス会2013年6月28日 ]
クラス会2013年6月29日


小学校のミニクラス空きが吉祥寺にあるイタリアンレストラン「七竈」で開かれました。今回は根本君の社長就任と松石君の誕生日をお祝いして開かれました。

年齢を重ね、60代に入ってから、少しずつ疲れも見え始めているこの頃ですが、同期の人と会うと別。元気をもらえるね。

飲んで話して、歌って。疲れて眠る。このパターンばかりですが、次回は9月です。根本君よろしく。



なお、
七竈はビルの7階にあり、井の頭公園の森を見ながら食事を楽しめる所です。おいしい食事にお喋り。私たちは十分楽しみましたが、この日見えた別のお客さんのはかなりうるさかったかな。少し声を落として話をしたけど、すぐに盛り上がってしまいました。お店の方、お客さん、すみませんでした。

2013/06/30(日) 晴れ時々曇り


[ 中国地方へ行く ]
中国地方へ行く


6月23日から26日まで中国地方のツアーに参加してきました。


まずは鳥取砂丘。45年前に来た時と印象がかなり違いました。もっと大きいイメージがありました。


数日前に干上がってしまった「オアシス」に台風のおかげで水が少しだけ戻っていました。


翌24日にはまず、足立美術館へ行きました。お庭が素敵なところです。


そして出雲大社です。


遷宮の年に当たり、数年前から屋根の葺き替えを終え、新しい姿になっていました。


津和野の街では、殿町の散策です。鯉が丸々と太って泳いでいました。


そして萩の街で一泊です。夕日が沈んでいく時間は午後7時半です。7時40分から夕食でした。


朝は8時出発です。まず訪れた所は萩焼の窯元です。


萩の城下町を少しだけ歩きました。木戸孝允や高杉晋作の旧居を訪れました。一般の方の塀には、吉田松陰の和歌を書き留めた花入れが飾ってありました。「親思う 心にまさる 親心 今日の訪れ 何ときくらん」「身はたとえ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂」などなど。
こちらでは松陰先生と、先生を付けて呼ばれています。


秋吉台へは初めて行きました。



秋芳洞へも初めてでした。昔は「しゅうほうどう」と呼ばれていましたが、名前を「あきよしどう」に統一したとのことです。中は広々としたところでした。


安芸の宮島。厳島神社です。14日会で行ったのはもう10年前になりました。その時は大雨の後で水浸しでしたが、この日は大潮の干潮時に当たり、鳥居の下まで歩けました。この鳥居が下部が固定されていなくて、自重で倒れなくなっているとは、信じられませんが、日本の技術力の高さを肌で感じてきました。


高校一年生の時に訪れた原爆資料館から見た原爆ドームです。昔見た資料館の方がもっと生々しかったと思います。若い人には見ていただきたい場所です。


尾道の千光寺から見た瀬戸内海です。四国へと続く橋が通っています。いつかその道も通りたいと思います。


高校生の時に修学旅行で訪れて以来の倉敷の街です。


将棋の名人であり、倉敷出身の大山康晴さんの記念館へと足を進めました。ところが水曜日が休館日で中に入ることはできませんでした。残念。入口の所に詰将棋が掲げてありました。解けますか?



2013/06/29(土) 晴れ時々曇り


[ 介護を考えた住まいお風呂編 ]
介護を考えた住まい(お風呂編)


お風呂はほとんどがユニットバスになりました。そういう我が家もユニットバスです。サイズは、1400ミリ×1600ミリです。

洗い場には、椅子が置いてあります。それに座って体を洗います。介護される方がいる場合でも椅子に座ってもらい、お湯をかけます。身体を洗う場合には、手すりにつかまって立ってもらい身体を洗います。その際介護者が湯あたりすることも考えられますので、適度に換気を行うことをお勧めいたします。また、湯船につかることが出来るうちは風呂の中に椅子を入れて足だけでも温めると気持ちが良いものです。

入口は引き戸にすると、出入りが楽です。水洗も最近では椅子に座って丁度良い高さのものがあります。ニーズに合ったものが選べます。

介護状態になれば家で風呂に入ることはほとんどなくなります。デイサービスやショートステー先での入浴になります。我が家での入浴は実際的には、なくなります。


2013/06/21(金) 雨


[ 介護を考えた住まいトイレ編 ]
介護を考える住まい(トイレ編)



夢の中に母親は出てきません。父親は時々出てきます。父が夜中に起きてきてトイレを探す夢です。たぶん体験してきたことが夢の中に出てくるのだと思います。

さて、私は個人的には、トイレはやや広めの方が好みです。実家のトイレは幅1230ミリ×1820ミリで作りました。これだと手すりを付けても中で介護することが出来ます。我が家のトイレも幅100ミリ×1600ミリです。トイレの入り口の幅も735ミリのドアを付けましたので、車いすでも入れます。車いすを途中まで入れて、手すりを使って向きを変えて座った時に車いすを出して、用を足してもらえます。廊下の幅も1030ミリにしましたので、手すりを付けても車いすが通れます。

実家のトイレの床は、フローリングにしました。しかし、後からつくった我が家の床にはクッションフロアーを仕上げに使っています。汚した時に張り替えても良いようにと考えてそれにしました。

さらに我が家のトイレは、用を足して、しばらくすれば自動的に流れる機能も付けました。年を取って流し忘れても次の人に配慮するためです。今のところ流し忘れたことはありませんが・・・

また、年寄りを抱えると、あるいは自分が年を取ってくると、トイレの中にバケツや雑巾、使い捨てのビニール手袋などを置いておく必要が生まれます。使い捨ての尿パットを捨てる箱もいります。特に尿パットを便器内に落とさない注意も必要です。水を溢れを起こすもとになります。

寝室の中にポータブルトイレを置く場合も実際に使う方に合わせた配置(利き腕や。ベットとトイレの位置関係など)が必要です。

またトイレの中に木質のものを置くなり、腰壁を作るなり、木を使うと感じが良くなります。それだけでなく、目も気も休まります。

実用性と共に気分転換を図れるトイレだと良いです。

2013/06/20(木) 曇り時々雨


[ ヤバ着とヤバ木 ]
ヤバ着とヤバ木



古くからの商店街の洋品店で眠っている洋服のことを「ヤバ着」と表現するそうです。そのように5年なり10年売れなかった商品を、原宿のブティックで売れるかどうかを試したテレビ番組がありました。ファッションモデルの方がコーディネイトして店に陳列すると、売れてゆきました。

わが社にも「ヤバ木」がたくさんあります。「ヤバ木」ではないかもしれませんが、時と所にマッチしていない木がまだあります。これを何とか売りたいところです。

さて、都議会議員選挙が始まりましたね。王子駅前でも若い候補者が年齢を売り物にして演説していましたが、北区の住民ではないので、選挙権はありません。わが中野区でも若い候補者が出ています。又若いころから知っている候補者が65歳を過ぎた、などと知ると時の流れの速さを感じてしまいます。

今回は投票日は不在なので、期日前投票を試みたいと思っています。近くの地域センターで投票できるので、楽ですね。以前は中野区役所まで行った記憶がありますが、さてどれくらい前だったでしょうか。30年も前だとすると私の時間の戻り方は10年単位になってしまったようです。

さてさて、我が家のベランダのきゅうりは大きくなりました。今年は親戚から頂いた苗を植えましたが、そこから採れたきゅうりは育ちました。こんな感じです。



大きなきゅうりと共に、最近では焼酎にも凝っています。宮崎県の「黒帥(こくすい)」です。



2013/06/18(火) 晴れ


[ アジサイ見物 ]
アジサイ見物


6月で雨の日とくれば、アジサイ見物です。王子にある飛鳥山公園と駒込の六義園へと行きました。

まずは、王子に行き、飛鳥山公園です。ここでは公園の中よりも線路沿いの道にアジサイが咲いています。JRからも見ることが出来ます。
アップの写真しかないですが、こんな感じです。




「あすかパークレール」(無料)に乗ってアジサイ見物です。乗り物の右と左にアジサイを見ることが出来ます。





場所を移して、駒込に移動して「六義園」にも行きました。アジサイを見てお抹茶をいただき、優雅な気分で帰ってきました。そして雨も上がりました。



2013/06/17(月) 晴れ


[ ストレッチする ]
ストレッチする?


ここの所テニスを週に2回ほど行っています。それで十分でないにしても身体を動かせています。そしてテニスをする前には必ずストレッチをしています。スクールでは、アシスタントコーチがスクールの初めに手ほどきするのですが、若い方がすると、そのスピードが気持ち早いのです。十分にストレッチをしているという感じではないのです。おざなりといえば言い過ぎですが、必要性のない方が主導すると、早めに進んでいきます。

これが、ある程度年を取ったコーチがまたある程度年を取った人を相手にストレッチすると、何ともまどるっこしいくらいのスピードでストレッチをしてくれます。足首、首、脹脛などなんともゆっくりとした感じで行います。少々のんびりしすぎかとも思いますが、実は私もこちらの年になりました。

朝、起きては体を伸ばし、机に向かう時間が一時間を過ぎると一度足をぶらぶらさせています。お風呂の中でもアキレス筋を伸ばし、腿の前側も伸ばします。身体の筋を伸ばさないと固まってしまう、これが歳です。


2013/06/15(土) 晴れ時々曇り


[ この所 ]
この所


この所自転車で、いろいろな住宅やマンションを外から見て歩いています。西は方南町。北は哲学堂まで。これはテニスを兼ねています。東は新宿。南は水道道路まででしょうか。あまり通ったことのない道を走ることが多くなりました。自転車だと一方通行も関係ないので、細い道を走ったりしています。

さて、木造の三階建ての住宅を見ると、この所の建物は、サイディング貼が多いですね。それもデザイン性の高いものが増えているように思えます。数種類のサイディングを使って張っている所が多くなりました。設計士の方がデザインして、専用のCADなどに取り込んで、割り付けるのでしょうから、数量もきちんと把握されて使われているように思います。実際近くまで寄ってどういう風に張られているかも見るようにしています。きちっと張られているものが多いと感じています。今から二十年、三十年前に「サイディング材工」の仕事をしたころから比べても今の方がよく出来ていると思います。最近では、サイディングの「プレカット」も軌道に乗ってきたそうで、私はまだ使用したことはありませんが、三階建てなども総三階のものが増えて、貼りやすくなっていることとも関係するのかもしれません。

また、マンションのタイルに関しても色使いや貼り方を見て回っています。特に玄関や入口になるところに関しては慎重に見ています。他の部分よりも少し豪華に作っている所が多いと思います。マンション全体の色の配置とエントランスのバランスなどを見ています。

今マンションを作っていますが、ほとんどお任せですが、ちょっと口を挟もうかと思っています。


2013/06/12(水) 曇り時々雨


[ 激流に生きる男 ]
激流に生きる男


「激流に生きる男」は赤木圭一郎の最後の主演映画です。しかも未完成のため、当初は映画館で上映することがありませんでした。それが、上映されたのは、私の記憶によれば、死後6年。当時は見ていません。もう少しといってもそれから6年くらいたってから見ています。赤木が亡くなったのが1961年2月21日で私が小学5年生。初公開が、高校2年生。そして実際に劇場で見たのが、たぶん23歳。

赤木の後、高橋英樹主演で同名の作品がつくられたことは知っていましたが、先日、チャンネルNEKOで、見ることが出来ました。赤木が亡くなってから1年半後につくられたものですから、同じ人が同じ役で出ていたりしています。子役だった江木俊夫。赤木との共演の多かった笹森礼子。そして杉山俊夫さんなど…

しかし芦川いづみの役を吉永小百合が。赤木の役が高橋英樹を演じていますが、この二人が浮いていて映画自体に落ち着きがありません。ちょっと無理がある、と感じるとともに、わずか一年半前ながら、芦川いづみと赤木の方が演技力がかなり上と感じてしまいました。

リメイクは難しいです。


2013/06/11(火) 曇り時々雨


[ 今日はひばりで ]
今日は「ひばり」で


8日の土曜日は、友人の送別会でした。久しぶりにカラオケで一曲歌いました。「あのすばらしい愛をもう一度」という曲です。フォーククルセダーズにいた北山修と加藤和彦の作詞作曲です。

フォークルといえば、私の高校時代に「帰って来た酔っ払い」が爆発的に売れて、続いて出した「イムジン河」が発売禁止となり、イムジン河のレコードを逆からかけて作った「悲しくてやりきれない」も忘れられません。そして一年で解散してしまいました。その時に聞いた曲では「戦争は知らない」「青年は荒野を目指す」などがあります。そして1968年に解散してしまいました。

そして1971年に「あのすばらしい愛をもう一度」が出ます。この歌が出来たのには諸説があるそうですが、私が初めて聞いたのは、大学生の時になります。青春そのものでした。

そんなことを思い出しながら歌ってみました。

今日は気分を変えて美空ひばりをかけています。死後のファンなので、聞いたのは平成になってからです。もちろん存命中も知っていますが、あまり好きでなく、曲を聞くということはありませんでした。それがいつしか聞くようになりました。40歳を超えたころからです。何か心境に変化があったのでしょうか。

さて、今朝は5時半に起きて、本を二冊ほど読みました。一冊は「60歳からの人生の愉しみ方」(山崎武也著)と「14歳からの政治」(長谷部尚子著)です。

前者からは「いつでもできる」と思わないことを再確認しました。実際これから旅行に行ったり、懐かしい人に会ってもその次の保証はないことが実感できてきました。「一期一会」の世界に入りました。

後者からは、14歳の女子中学生が政治家にインタビューするという形で構成されています。7年ほど前のインタビューですが、現在も活躍している政治家の皆さんが登場しています。初めが安倍晋三言総理大臣。当時は官房長官でした。中学生に対しても政治家のお仕事を丁寧に語っています。中学生だからこそ、素直に語っているのでしょうか。ここに登場する8人の政治家の皆さんがいい人に見えてくるから不思議です。

さて、私も14歳の頃に政治に関心を持ったかというとNOです。そういう機会があったとしても長谷部さんのようにうまく聞き出せなかったと思います。中学生の純真さがトークを引き出したのかもしれません。

今日は充実した1日でした。ラストは、「津軽のふるさと」に「港町13番地」にしましょう。


2013/06/10(月) 晴れ時々曇り


[ よくなる良くなる ]
よくなる良くなる



クボデラ(有)の快進撃は止まりません。社長の窪寺伸浩氏は、二年前からフェイスブックをはじめ、著作物も2冊出しています。そのうち、神棚に関する本はベストセラーとなり、全国の神社を中心に引き合いが続いています。この活動が目を引くようになりました。

さらに、商売も手広く、神棚、杉の集成材、加工材などの木材販売もさることながら、異業種交流も欠かしません。毎日忙しく飛び回っています。まだ若いので、それができますが、徐々に仕事をセーブして進んでいかれるとよいと思います。私はその年になりました。

さてフェイスブックを始めて2年になります。当初、友人に紹介していた方だけで行っていましたが、大学関係とテニスの関係からリクエストがあり、この二つには、断らないことにしています。さらにリアルな友人や若い女の子からのリクエストには「保留」することも増えています。同世代の男性ですと、OKを出しています。私の方からリクエストすることもあります。その中で、木材・建築関係者との広がりはほとんどありません。今の私の立場を反映しています。

ただしその中で、同業者では世田谷の小川さん、あきる野市の沖倉さん、つくばの肥田さんとともに、窪寺さんはフェイスブック上でも友人です。実際彼からはたくさんの様々な情報を得ています。世の中にはいろいろな人がいることをこういうものを始めるとわかります。

その彼の口癖です。「今日もいいことがあるぞ」「よくなる良くなる」です。今はやりの「アベノミックス」は「アベチャンノミス」で終わるかもしれませんが、朝起きて「今日も良いことがあるぞ」と暗示にかけるのは良いことだと思います。


2013/06/09(日) 晴れ時々曇り


[ 木材供給業者二次募集へ ]
木材供給事業者の二次募集へ



最近の新聞が伝えるところによれば、福島県の協和木材が、この8月から杉KDのツーバイフォー材を供給することを伝えています。今から二十年ほど前には北海道の関木材がエゾ松を曳いて2×4材を作っていましたが、流行りませんでした。時は流れ、この所の円安ならびに、SPF材の値上がりを受けていよいよ国産材の2×4材が市場に出てくることになります。

国産材で支給できると、「木材利用のエコポイント」にも絡んできます。その木材利用ポイント事業に関する木材供給業者登録の二次募集に向けた合法木材業者登録が5日から始まった、と伝えています。よい機会だと思います。

国産材で、2×4材が供給されることで、製材のやり方から、住宅のつくり方まで影響を及ぼすと思います。木造建築も新しい作り方を生み出すようになると思います。

2013/06/07(金) 晴れ時々曇り


[ お店の比較 ]
お店の比較


近所のセブンイレブンでは地域で一番安いを売り文句にして、あるメーカーの食パンを158円で売っていました。実際この食パンはスーパーでは178円ないし189円で売っています。高いところでは210円の値を付けていました。

ところが、この所この食パンを置かなくなりました。「なんでだろう」と思っていましたが、マイバスケットという所で148円で売り始めたのを機に売られたのを機に「地域で一番安い」というわけにいかなくなったので控えているそうです。今はもっと安いものと2枚で125円という高級品を置いています。

この所時間にゆとりがあるので、歩いて日用品を買い求めたり、自転車で行動しています。

それでも時々他社よりも20円高い野菜ジュースを買って、失敗しています。奥は深いです。

そんなわけで、まだわが街ではデフレです。


2013/06/06(木) 晴れ時々曇り


[ 東京人6月増刊 ]
東京人の6月増刊は


雑誌「東京人」(都市出版)、「中野を楽しむ本」と題した中野特集でした。思わず買ってしまいました。

この特集では、中野の歴史に始まり、この40年中野を支えた文化や飲み屋、商店街を紹介しています。わが街中野新橋商店街・川島通り商店街は紹介されていませんが、一流ではないけど、どこか懐かしい文化や人を抱える街「中野」を上手に紹介しています。

5月26日には、自転車で「四季の森公園」まで行き、現状を見てきました。学生さんなど、若い人が増えている様に思いました。自転車を置く場所がないのに往生しましたが、あまり長いせずにこの時は「クスクス」で昼飯を食べて鍋横に戻ってきました。

6月1日には、この本の中に紹介されている「トレビス」を探しに行きました。住所は中央3丁目。中野坂上・中野新橋・新中野からの徒歩圏とのことで、ぴたり我が家から歩いていける所です。ところがこのお店に記憶がありませんでした。自転車で探すこと数分。すぐに見つかりました。それはあまり通らない所にありました。青梅街道沿いなのですが、このお店の直前で曲がってしまうか、もう一つ先に出てそのまま青梅街道を渡ってしまうので、今まで気が付きませんでした。

普段通らない所に「トレビス」はありました。ここのおすすめは「東京人」によれば「牛ヒレカツサンド」となっていましたので、早速頼みいただいてきました。4切れで1370円はかなりお高いですが、食してきました。(実際は半分ずっこしましたので、二切れですが)なかなか美味でしたが、今一度頼むかといえば、微妙です。

そんな発見もこの本から受けた刺激です。

私は中野に生まれ、育ちました。一度京都を経験していますが、人生の大半は中野です。10代・20代の頃は中野駅周辺をうろつきました。友人と共に飲んでいたのを思い出します。20代後半から30代半ばまではほとんど縁がありませんでした。その頃はむしろ新宿や銀座でした。40歳になったころから再び中野へ出ることが増えました。

この本の中で紹介されている所でも「第二力酒蔵」や「らんまん」「円らく中野荘」「とらじ」などへ入っていますが、まだ行っていない所も数多いです。少しずつチャレンジです。この本のおかげで久しぶりに鼓月堂の「こうぎょくまん」もいただいてみました。






2013/06/02(日) 曇り


( 2013/07 ← 2013/06 → 2013/05 )


[ 管理者:大野満生 ]


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