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時々更新mn日記

( 2012/04 ← 2012/03 → 2012/02 )


[ イベントのご案内 ]
イベントのご案内


来る3月31日に(土曜日)、中野区立神明小学校の校庭をお借りして下記のイベントを行います。昨年の秋に予定していましたが、雨で順延となっていた企画です。また天気が良くないようですが、翌日に順延されれば、天気は確実に良いでの、今回は行われると思っています。大勢の参加を楽しみにしています。なお主催は中野氷川神社さんです。





2012/03/29(木) 晴れ


[ 春らしい陽気になりました。 ]
春らしい陽気になりました。


寒い冬がようやく終わり、春らしい陽気になってきました。朝も6時前から明るくなりましたので、起きるのも楽です。
3月25日には東京ドームへ行きました。オークランドアスレチックスとジャイアンツの試合でしたが、巨人の貧打だけが目立った試合でした。昨日のマリナーズとの試合はまだよかったですね。お客さんの入りも昨日と比べると一昨日はかなりの空席でした。イチローがいるかいないかの差ですね。
さて、仕事の方も少しずつ始まってきましたが、今月は最低でした。忙しくなる雰囲気があまり感じられません。来月も今月と同じなのでしょうか。時間にゆとりが出来ているので、この所怠っている片づけに精を出さなければなりません。いらないものを捨てて、必要最低限のものだけを残しておくチャンスです。
春やしい陽気になりつつあります。ムスカリもようやく延び始めました。春は大好きな季節です。



2012/03/27(火) 晴れ


[ 明日は明日の風が吹く ]
「明日は明日の風が吹く」


先日のことですが、チャンネルnecoで、石原裕次郎・北原三枝主演の映画「明日は明日の風が吹く」を見ました。そこには昭和33年の昔の木場の風景が映っていました。ここを舞台にした映画だったのです。今は浦安に移ってしまった「東京中央木材市場」やフローリングメーカーの松原産業も出てきました。もちろん木場と云えば、丸太が川に浮かんだ姿も当然のことのようにありました。昭和30年代の風景は私にはいつも懐かしいものに移ります。そしてきれいに映ります。道は舗装されていませんので、雨が降れば水たまりもできますし、乾けば埃も立ちます。それでも高い建物もまだ少なく、木造住宅にも味があると思うのですが、それは私の懐古趣味の範囲でしょうか。
さて、「明日は明日の風が吹く」の主題歌の中に「どうせ男と生まれたからにゃ、胸の焔は気ままに燃やそう」「意地と度胸の人生だ」「ままよ嘆くな いとしいお前 明日は明日の風が吹く」と云うのがあります。
男として生まれて何をなし得たのか、振り返る年齢になりました。3月22日は私の誕生日でした。61歳になります。よくこの年まで生きてこられた、というのが実際で、もうとっくに居なくなっているかと思っていましたが、40代、50代を入院なしで過ごせたのは、則ちゃんのおかげでしょう。いつも誕生日祝いの食事を楽しみにしていましたが、今回は風邪をひいてしまったので、遠出はせずに近くで食べて、ささやかに祝っていただきました。
振り返れば、木材が、あるいは大工主体の建築が下火になりつつある時に入社して、35年以上が経ちました。その時々の需要にこたえて商売をさせていただきました。最近では、ほとんどがリフォームになりました。しかも下地材が大半です。3月20日の日に小平霊園からの帰り道に、「水回り」を中心にした会社がありました。TOTO、パナソニックやINAXにクリナップなど金額の張る所だけを取り扱った会社でした。うまい所に目をつけたものだ、と思っています。我々が昔、米栂よりも杉材、杉材も近県よりも尾鷲や吉野材。杉よりも桧材。と金額を上げていくことを目指していた時代を彷彿させるものでした。お施主や工事により近い所に行かなければ、金額が増えなくなりました。より近づけばリスクも背負います。工務店や大工がそのリスクを背負った時代もほぼ終了です。大工さんは取り付け屋さんになりました。削るとか、みぞを彫るなどと云うことも出来なくなっています。時代は変わりつつあります。昭和30年代が懐かしいこの頃です。

2012/03/23(金) 曇り時々雨


[ 来たー ]
キター



自分にも花粉症が来ました。今日配達中に喉の奥が乾いて、ヒカヒカして来ました。二週間ほど前から、朝起きると鼻水が出てきたので、気をつけていたのですが、ついに飽和状態になったようです。実際こうなって見ないと、その辛さはわからないものです。これからどれくらいの期間大変になるのかわかりませんが、しばらく様子を見たいと思います。
さて、仕事の方はいくつか臨時のものはありますが、全体に遅れがちであったり、自然消滅していたりしています。このペースで行くと「定年+進退問題」に発展しそうです。
昨日はお彼岸の中日と云うことで、小平墓地まで墓参りに行きました。天気も良くて人も沢山出ていました。大体一時間見れば我が家から墓地まで着くのですが、2時間近くかかりました。しかも墓地の近くに行ってからの時間も半端ではなく、久しぶりに小平霊園の賑わいを感じました。お墓のお掃除をして花を手向けてきましたが、「何か変だな」と思ったら、お墓の後ろに有ったはずの松の木が無くなっていました。
一月の末にはあったのですが、切られてすっきりしていました。これで松の枝や葉が落ちて来ることも減るでしょう。お墓も日当たりがよくなりました。私の人生も日当たりが良くなるのでしょうか。そうだと良いのですが・・・



今年の1月29日の法事の時の写真です。




3月20日には松の木が無くなってすっきりしました。でも目印が無くなって、お墓の位置がわかりつらくなりました。
2012/03/21(水) 晴れ


[ 二宮製材所見学 ]
二宮製材所見学



3月10日、那須塩原市にある二宮製材所を仲間とともに見学してきました。



製材所内には、やや大きめの丸太が沢山寝かせてありました。製品すると約一万本分が常時在庫として持っているそうです。




このくらいの丸太は60年以上の年月を経て育った木です。木造住宅の梁や床板に使うのに丁度よいサイズです。中央に46と書いてあるのはこの丸太の直径です。





丸太は製材機で自動的に製材されます。





乾燥機に入れて人工乾燥されます。



乾燥機から出してきたものを加工します。ここに写っている材は主に木造住宅の柱や桁に使われるサイズです。




削り終えて半製品として出荷されて行きます。商品名としては「八溝パワー」「八溝美人」のなどがあります。





丸太のサイズが大きいので、節なども少なく綺麗な板目が出るので、隠れてしまう所ではなく見える所に使っていただきたいと思います。チョークで役と書いてあるのは節が少なくて美しい板目だという印です。
ただし、東京では、こういう住まいを作る家は少なくなりました。中野区の材木屋さんでは、江古田の横田木材さんが行っています。






2012/03/17(土) 雨


[ 山六観光 ]
山六観光



塩屋岬の灯台下にある「山六観光」のお店。美空ひばりの歌碑の反対側にあるお土産屋さんです。ここのご主人が昨年3月11日に大地震の直後から写真を撮り続けていました。最近これを店内で公開して、来訪された方に説明をしています。


美空ひばりの歌碑と後ろに見えるのが灯台です。歌碑は無事でした。山六観光のご主人はこの歌碑に登って写真を撮っていたといいます。


店内に飾ってある写真です。


山六観光の北側の薄磯地区にある豊間中学の校庭には、がれきが積まれていました。


一番左に見える建物が豊間中学。その後ろの体育館の鉄骨はひゃがれていました。


片づけられてはいます。


中央奥の建物はお寺さんです。この日は3月11日。朝の十時頃ですが、喪服を着た方の姿が増えてきました。




2012/03/15(木) 晴れ


[ 三月は空振りか ]
三月は空振りか



2月に入った段階で「3月からの仕事」と云うものがいくつも有ったので、「3月は忙しい」と思いこんでいましたが、どれもこれも話が進まず、仕事が始まりません。このままだと記録的な低迷です。
3月は、プレカット工場を経営している友人は忙しいと話していましたが、自分の所まで回ってきません。少し予定が外れています。




2012/03/14(水) 晴れ


[ いわき・ら・ら・ミュウ ]
いわき・ら・ら・ミュウ



福島県いわき市にある「いわき・ら・ら・ミュウ」では、2階にある展示場を使って東日本大震災いわきの「歩み」と学び」展が開かれていました。2011年3月11日の震災でいわき市の見慣れた街が消えました。被災した人々の戦いはそれから始まりました。今も続く「それから」
3月31日までこの展示は続くそうです。









避難所が再現してありました。




いわきの街へは6回は行ったと思いますが、震災後は初めてでした。以前の姿が浮かばないほど街は変わり果てています。現地を見て来ることは一年を経た今でも大事だと思いました。





2012/03/13(火) 晴れ


[ 十四日会旅行 ]
十四日会第20回旅行


去る3月10日、11日は十四日会で栃木県那須塩原にある二宮製材所を見学し、翌日には、福島県いわき市内や塩屋岬の北側にあたる薄磯地域の被災状況を見てきました。
那須塩原にある二宮製材所では、杉材を見える所に使うことを念頭に置いて、受注・生産、出荷している製材所です。高品質の製品を数多く作りだしていることを確認してきました。

 












 十四日会では、毎年旅行を企画実現してきました。私も8割がたは参加していますので、大まかなことを書いておきます。
 

1993年(平成5年)2月 上田製材所・共力木材見学。湯本「吹きの湯」泊。
1994年(平成6年)2月 浜北市(株)マルホン・日東木材産業見学。
1995年(平成7年)2月 伊豆、中駿木材見学
1996年(平成8年)2月 セブン工業見学。下呂温泉泊。
1997年(平成9年)2月 返還前の香港見学。
1998年(平成10年)2月 震災後三年を経た神戸見学。
1999年(平成11年)2月 静岡県(株)ノダ、工場見学。
2000年(平成12年)4月 京都府北山杉見学
2001年(平成13年)3月 新潟県、株トーア、プレカット工場見学。瀬波温泉泊
2002年(平成14年)3月 北海道、札幌見学。
2003年(平成15年)3月 広島県、中国木材見学。
2004年(平成16年)3月 福岡県太宰府見学。
2005年(平成17年)3月 松阪ウッドピア協同組合見学。
2006年(平成18年)3月 小名浜泊
2007年(平成19年) 2月富山県アプトシンコー見学。
2008年 (平成20年)3月茨城県鹿島にある中国木材と株ザイエンスを見学。
2009年(平成21年)2月 多摩産の製材工場である中嶋材木店を見学。
2010年(平成22年)3月 静岡県花村木材工業見学。名古屋泊。
2011年(平成23年)3月 熊本城見学。柳川下り。
2012年(平成24年)3月 栃木県那須塩原、二宮製材所見学。福島県いわき市の被災状況を見る。吹きの湯泊。




2012/03/12(月) 晴れ


[ ジューテックの展示会 ]
ジューテックの展示会



3月3日には、池袋サンシャインにて、(株)ジューテックの展示会が開かれました。
今年は特に震災後のエネルギー問題を解決するためのひつつの方法として、太陽光発電、あるいはそれと絡んだ東京ガスのエネファームなどを販売促進するセミナーが開かれていました。この辺りを売ることが住宅産業のメインになってきています。
さらに今一つは、住宅エコポイントの復活です。これらが今年の主要なテーマになると思います。
現在の年間着工戸数は、80万戸と云われています。新築住宅の数は減りました。しかも新築住宅の9割がプレカット工場で生産されるものになっています。着工戸数が減った分、付加価値で勝負をかけるといった傾向はこれからも強くなると思います。
この流れに乗ることのできる工務店だけが、生き残るための最低条件をクリアーするのでしょうか。


東京ガスのエネファームを説明していただいている所です。





2012/03/06(火) 雨


[ お宮参り ]
お宮参り



去る3月4日、甥夫妻に誕生した女の子のお宮参りに行ってきました。私にとっては初めての大野を名乗る孫世代です。姓はどうでもよい気もしますが、父や祖父から引き継いだものをつなげられる孫世代の始まりを感じてうれしい気持ちでいっぱいです。初めて顔を会わせ、抱っこしましたが、泣かれてしまいした。ぎこちない抱き方だったからでしょうが、可愛い女の子です。鼻や口はお母さん似。手足の指も長くて、ふくらはぎの筋肉もしっかりついていました。








「なーチャン」早く大きくなってね。





2012/03/05(月) 雨


[ ボーリング大会 ]
ボーリング大会


3月3日には、新東京木材昭和会の「ボーリング大会」が開かれました。中野支部からもチーム中野を結成し、選手団と応援団に分かれて参加してきました。結果は参加22チーム中、20位。惜しくもブービー賞は逃しましたが、楽しいひと時を過ごすことが出来ました。














運動の後はおいしいビールを飲むのが一番です。


2012/03/04(日) 曇り


[ マンションリフォームの納材 ]
マンションリフォームの納材



「そっくりさん」を行っている大工さんは、一度これに手を出すと、二度とやりたがらないそうです。手間にならないというのがその理由だと言います。今納材しているマンションリフォームでも、一部屋いくら、と云った形で大工さんが請けて来るマンションリフォームがあります。60平米平均で、60万円から70万円だそうです。請けるのは大工仕事一般ですが、置き床、造作材、ドア、窓枠材などは支給されます。大工さんが材料を持つのは、下地材とボードくらいになります。これが15万円から20万円になります。材料を良質なものを使えば、もう少し上がります。荷揚げを必要とする所であれば、その金額が上乗せされます。なれた大工でも1日18000円になればいい方だと言います。全体の金額が決まっているので、材料で調整しようとすると材料の値段が少しでも安いものを選びます。そうすると手間を食います。材料を選べば、今度は支払金額が減ることになります。また、部屋の場所も1階を取れるか、4階なのかで仕事の進み方が違ってきます。しかしながら、1階を担当している大工さんでも、なかなか手間にならないと言います。自分一人でこなせる仕事ならばいいのですが、荷揚げしたり、工期に間に合わせるために人を頼むことになります。その方に支払うと、自分の分は一層減ります。大手の下請けの方などが一つやると5万円の赤字。1年で、150万無くなった、などと云うことは良く聞く話です。
これに加えて最終の支払いが、木工事完成後○○日などとなると、余程力のある所でないと、続けられなくなります。慣れていないとうまみが出てきませんし、一つしくじると抜けられなくなります。なかなか厳しい現実があります。私もその下についていて良いのか、迷う所です。



2012/03/01(木) 晴れ


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[ 管理者:大野満生 ]


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