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時々更新mn日記

( 2011/09 ← 2011/08 → 2011/07 )


[ 「コクリコ坂から」 ]
「コクリコ坂から」


宮崎駿監督の「コクリコ坂から」を見てきました。今回は初めてシニア料金を使いました。

お話は昭和の30年代後半(1963年)の時代設定で、主人公の高校生は私よりも4、5歳上でしょうか。戦後すぐに生まれた方になります。いくつもの懐かしい光景がありました。三輪のトラック。木造の家。バラック。出来つつある首都高速道路。砂利道などです。

主人公の日々の暮らしの中で寝起きは布団。俗にいうせんべい布団で、マットレスもありません。ご飯はお釜で炊きます。お釜に前もってお米を研いでおいて、水を吸収させておいてから、それに火をつけます。徳用のマッチを擦ってガスに火をつけます。若い方にはおそらく経験したことも無いことだと思います。炊き上がったご飯はお櫃に移して、そこからよそって食べていました。冷蔵庫は小さく、洗濯機には手で絞るローラーがついていました。この家にはテレビがありました。その中では坂本九が「上を向いて歩こう」を歌っていました。

私の小学生時代の色々なことを思い出しています。

私が面白いと思ったのは、古い建物を壊すか、否かの、全学集会を持っている場面でした。活発な議論をしている最中に校長や先生が見廻りに来た時のことです。無届け集会だったのでしょうか、見張りの生徒が合図をすると、生徒会長の方が演壇の中央に進み出て、歌を歌い出します。「白い花が咲いてた。ふるさとの遠い夢の日・・・」

岡本敦郎さんの「白い花の咲くころ」でした。それを集会に参加した人全員で歌うのです。全学集会は「歌う会」に変身してしまいます。

この時代にはみんなで歌う歌があり、みんなで歌ったのでしょうか。歌うことで心を一つにしていったのでしょうか。4、5年後に生まれた私の年代は、こういう長閑さはありませんでした。もっと暴力的でした。そう思うと、かなり異常な時代を経験したことになります。

とはいうものの、私の時代にも「学生時代」や「友よ」、「若者たち」など誰でも口ずさめる歌がありました。ストーリーと関係のない話ばかりですが、昔を思い出した映画でした。



2011/08/30(火) 晴れ時々曇り


[ 近所の散策 ]
近所の散策



請求書を自転車で届けながら、商店街や街中を走っていると、ついこの間までシャッターが下りていた所にお店が出来たり、またその反対であったり、落ち着きのない光景を目にします。中でも古い住宅が壊されたかと思えば、いくつかの区画に分けて「売り地」の看板が出ています。数年前からの「ミニバブル」の崩壊後、人の暮らしは低下の一途をたどっているように思えます。これと云って、パッとした職業が町の中では見つかりません。小さな家業的なものが崩壊しています。

母親が無くなってからもう16年が経ちました。亡くなる頃には材木屋と云う商売も終焉を見るだろうと、話していましたが、仲間との協力体制が功を奏して今日まで大きな苦労も無く過ごせました。それもここへきてかなり様相が変わってきたと思います。先日も工務店の社長の奥さんと立ち話をしたのですが、「なんで、昔はあんなに売れたのかねえ」と云う感想をしきり。

実際、仕事は当然のことのように来ましたし、それに対処するだけで、人を使い、トラックでの配送を頼み、夜の配達や日曜日も仕事をして来ました。また、仕事量が減った時期には、「丸ごと請け負う体制」で乗り切りました。しかしこれらをになった工務店や大工さんは年を取りました。私自身もそうですが、年齢を重ねるごとに出来なくなっていく仕事があります。もちろんこの年齢でないと出来ない仕事も出てきます。段々とそういう仕事へ重点を移していこうと思います。

さて、今日は二時半過ぎからどしゃ降り。一時間以上続きました。散策は今日はもうしません。あすは土曜日ですが、配達が一つあるので店をあけます。



どしゃ降りでした。
2011/08/26(金) 曇り時々雨


[ 今月は決算月 ]
今月は決算月


今月8月はわが社の決算月です。今在庫調べなどをしていますが、木材の在庫が減っています。構造材や造作材は特定のものを除いて減る一方です。新築住宅はほとんどプレカット工場を経由するものになりました。構造材に床のベニヤ、その他の下地材もそちらから配送する体制が整いました。在庫を持たなくても間に合うようになりました。増改築の場合も大規模な増築であれば、新築のように工場を通すことが出来ます。小規模のものであれば、大工さんが現場で加工するので、それに見合うだけの材料を用意すればよくなりました。

また、マンションリフォームでは使われる木材はほとんど下地材になりました。それらは在庫していますが、金額的には、大したことはありません。新築マンションのオーナー部屋などで「和室」を作る所がありますが、大工さんが活躍するのはほぼその部分になりました。そういう仕事でもほとんど前もって材料をそろえることになりますので、特別な在庫と云うものはいらなくなりました。

それに比べると新建材の在庫は微増しています。もっとあるかと思っていましたが、金額的にはあまり増えていませんでした。在庫品としては主にベニヤ、耐火ボード、フロアーやパーティクルボードなどでどれも単価の安いものになります。

材木屋が今背負っている部分は、単価の安いものになりました。

さて、昨年と比べると売り上げは少し増えていますが、8月になってから勢いが無くなりました。その関係で黒字決算が出来るか微妙な所ですが、何とかもうひと踏ん張りしたい所です。


2011/08/25(木) 曇り時々雨


[ 歩きました ]
歩きました。



最近、年で足が弱り、腕が痛くなり、体力が低下の一途をたどっています。これ以上落ちないように普段はテニスをしています。寝たきりにならないように今から体力維持に努めています。今年の夏休みはハイキングです。8月14日から16日まで志賀高原へ行ってきました。

まずは発哺温泉からゴンドラに乗り、東舘山の頂上を目指します。ここは長野オリンピックの際に回転のスタート地点になった所です。山の傾斜を利用して夏場は植物園になっています。



東館山の頂上です。


長野オリンピックの時の大回転のスタート地点です。この右奥を覗いてみましたが、私には絶壁にしか見えませんでした。


クガイソウに群がる蝶々。花があれば、昆虫が寄ってきます。



次の日はまずは一の瀬スキー場辺りの湿原を歩きました。木道が整備されている所で、近くに岩魚の原種保存地区があります。川沿いを見てみましたが、岩魚は確認できませんでした。


向うに見えるのは、「プリンスホテル」になります。



その次にサンバレーまで戻り、琵琶池を見てきました。冬場は雪に覆われていて琵琶の形をした池を見たことはありませんでしたが、いつも止めている駐車所の奥に池へ降りていく道がありました。4回はここへ車を止めているはずなのに今まで気がつきませんでした。


琵琶池です。



そこから今度は横手山を目指しました。「横手のぞき」という所に車を止めて、「スカイライナー」と「リフト」を乗り継ぎ、頂上まで行きました。まだ、ニッコウキスゲが咲いていました。ここへは8年前に来ています。8年前と同じ場所で写真を取り、食堂で「ボルシチ」をいただきました。あまり天気はよくありませんでしたが、雲の上なので涼しさは格別。下界とは違います。



これが「スカイライナー」です


頂上にある展望台からです。


ニッコウキスゲが咲いていました。



「リフト」「スカイライナー」と乗り継いで駐車場まで降りてきて、今度は「日野原湿原」を目指しました。日野原湿原を木戸池まで歩きました。湿原の所は木道が整備されているので、歩きやすくなっています。




木戸池からは、石の湯のゲンジボタルの生息地を経て、熊の湯ホテルに入りました。いいお湯でした。


木戸池では、鯉が・・・



熊の湯のお風呂です。丁度湯加減の良いお湯でした。久しぶりのお気に入りの温泉です。


翌日も前山リフトから頂上に行き、渋池から四十八池を往復二時間ほど歩きました。高低差のあまりない所を歩いたので、比較的楽でした。



前山リフトを降りると、前には「笠岳」。今日は良い天気です。



四十八池まで来ました。



池に「裏志賀山」が写っています。広々とした湿原です。


途中には「ヒカリゴケ」の群生地がありました。帰り路はこれを探しながら楽しく歩きました。

予定していたよりも、歩きました。少しは体力がついたでしょうか。




2011/08/23(火) 晴れ時々曇り


[ 雨です ]
雨です。



夏休みを終えて、仕事を再開した日が、気温36度。猛暑でした。翌日は午前十時ごろから、豪雨に見舞われました。丁度荷卸し中のため、びっしょりになりました。翌20日の土曜日は幸いほとんど雨が降らずにすみましたので、前日の仕事を片づけました。日曜日は雨。楽しみにしていたテニスは中止です。そして月曜日も午前中は雨。とりあえず配達は延ばしています。昔は雨と云えば、外の仕事は休みました。従って材木屋も、下小屋で加工する大工さんで溢れることはあっても外へ配達することはあまりしなかったと思います。

それが雨でも仕事をしている所はあります。もちろん建物内部の仕事であれば、仕事は出来ますが、近くの建売現場は動いています。土台が敷き終わり、建前材を運んだ所で豪雨。翌日、基礎中にたまった水をチリトリで救いながら土台を敷き、カネライトの100ミリを切り込んでから、24ミリの針葉樹合板を張っていました。そこで作業を終えると思いましたら、通し柱を立て始め一階の柱をほとんど建てた所で終了。ちょっと中途半端でした。ここは2棟現場ですが、片方だけ建てていました。もう一方の方は床板を敷いた所で仕事を終え、ブルーシートを敷いて行きました。建て始めた方には、シートは敷いていません。多分なかったのでしょう。その後雨が一日半降りました。

今日も雨の中、朝から建て方の続きを行っています。

仕事をしていて、雨は困りものです。建築のクレームの大半は水にかかわることです。屋根からの水漏れ、床にたまってしまった水で床が抜けた、あるいは配管が壊れて水があふれ出すなどです。仕事をしている人も雨になると気を使います。先週末の屋根工事では、半分ずつ仕事をして、半分終了した所で豪雨。全部開けていたら、漏れた可能性があります。これなどは現場の判断です。工期的には延びてしまいますが、「確かな仕事」を第一にしていないと、思わぬところでどんでん返しに会います。雨でも休めるくらいの余裕が欲しい所です。


2011/08/22(月) 曇り時々雨


[ 小布施 ]
小布施


8月14日晴天の小布施の町に着きました。ここへ来るのはもう8年ぶりになります。志賀高原でスキーをして、小布施に降りてきて「竹風堂」で食事。それから東京へ帰りました。

今回は「北斎館」を訪ねてみようと思っています。葛飾北斎は江戸後期の浮世絵師で世界的に著名な画家でもあります。富岳三十六景、神奈川沖浪裏などは有名です。

さて、ここ小布施では北斎は80歳を過ぎた晩年の4年間を過ごします。パトロンでもあり、弟子でもある高井鴻山の招きによるものです。この土地で書かれた祭り屋台の天井絵が展示されていました。「男浪」「女浪」「龍図」「鳳凰図」はどれも浮き上がって見えるもので、迫力があります。とても80を過ぎた老人が描いたものとは思えません。

「北斎館」に続いてすぐ隣にある「高井鴻山記念館」へも足をのばしました。高井鴻山は幕末から明治にかけて豪農商で、佐久間象山など、幕末の志士たちとも交流があった方で、「翛然楼・ゆうぜんろう」と云う建物では、多くの幕末の志士や文人たちが語りあったとされています。この建物は敵に襲われた時にいち早く逃げることが出来るように数カ所逃げ道のある「からくり屋敷」になっています。また二階では「一弦琴」が置かれてあり、誰でも弾くことが出来ます。

早速挑戦した方もいました。




さて、ここを後にして、酒屋、土産物屋などを散策した後、〆はやはり「竹風堂」で食事。お決まりのコースでここを後にしました。







2011/08/20(土) 曇り時々雨


[ 富岡製糸場 ]
富岡製糸場


8月17日、磯部温泉で一泊した後、ここを訪れました。富岡製糸場と云えば、日本の近代化を推し進めるために明治政府によって作られた官営の製糸工場です。当時日本の主要な輸出産業であった生糸の粗製乱造を防ぎ高品質の製品を作るためにフランス人の協力を得ながら、明治5年に完成を見ました。

その後、官営から民営に移り、昭和62年まで操業されていたとのことです。


詳しくは、こちらへ

さて、ガイドさんお説明を聞きながら一時間ほど見学してきました。明治5年の建物が、当時のままで残っているものもあり、木造レンガ造りと云う工法や、工場内部の大空間を実現した「トラス構造」など見応えのある所でした。

繭から、生糸の糸口を自動で見つけ出していく機械をビデオで見ていると、とても不思議に思えました。一本の大元を探し出すのですから・・・

また、ガイドさんお説明の中で現在日本に製紙工場は二カ所しかないことを知ってショックでした。我々の産業もかなり落ち込んだ所にありますが、製糸業はその比ではないという現実も知らされました。

ともあれ、たまには見学や勉強もいいです。


入口です。赤いポストが郷愁を誘います。





外壁にはレンガ、つなぎは漆喰です。真ん中の下の方に直した所が写っています。手作りのレンガと機械で作ったものでは「味わい」が違います。


操糸場内部のトラス構造です。当時の工場建造物としては、一、二を争う大きさだと思います。


いただいたパンフレットで全容がわかります。東西の倉庫と、操糸場を見学してきました。倉庫の屋根はかなり傷んでいると思います。早く世界遺産に登録されて保護されないと、崩れてしまうかもしれません。



2011/08/19(金) 雨


[ 夏休みモードへ ]
夏休みモードへ



先週と打って変わって三十度を超す暑さにクーラーを使い始めました。夕方になればいくらか涼しい風が吹き込んできますが、午前の終わりから午後二時くらいまでは日差しが強いです。配達に行って思わず立ちくらみしそうでした。多めに水を飲んで、涼しい所にいるようにしています。クーラーのきいた事務所が一番いい場所になっています。

さて、今週に入って、仕事は特定の所を除いて、お休みです。屋根の仕事も盆明けになりました。こう暑くては、屋根仕事ではバテてしまいます。延ばしたのは正解でしょう。

わが社は12日から17日までお休みです。すでにお昼からはほとんど仕事が無く、お休みモードです。

お墓参りも自分の方は済ませました。静岡へは日曜日に行きましたが、行きも帰りも渋滞でした。

ベランダでは、キュウリが取れます。平均して取れるので、毎日のように新鮮なものをいただいています。ピーマンとシソもできますが、ニガウリが一度できて、それから二度目がなかなか出来ません。次のが出来たら、愛ちゃんに収穫に来てもらいたいと考えているのですが・・・

どうなりますやら





2011/08/09(火) 晴れ


[ 週休二日へ ]
週休二日へ



去る8月4日、中野駅北口「陸蒸気」において、中野支部と十四日会の合同の集まりがありました。来る10月15日の「い木い木祭り」に参加するための準備会でした。このお祭りは今回10回目を迎えますが、初回から十四日会は「木工教室」を担当しています。今回も中野支部と合同で木工教室を担当することになり、新作を含めて、ある程度のクオリティーを維持した作品を心がけています。その一つを今回伊藤さんが作ってきてくださいました。これを含めて3種類は確保する予定です。

今回の集まりには、全部で16人が参加されました。16人が一室に入ると、「沢山見えたな」と云う感じがします。所用で一番最後になってしまった私から見た景色は、「老・壮・青」が一堂に会した感がありました。人もこれくらいいるとボリュームがあります。

さて、このところの仕事は一段落です。市場や問屋さんが毎週土曜日を定休日とした関係で、わが社も試験的に「週休二日制」を導入しました。先月25日くらいに請求書にその旨を書いた文書を入れました。FAXでお知らせした所もあります。そのせいか今のところ誰も来ません。


2011/08/06(土) 晴れ


[ 仕事のレベルが下がる ]
仕事のレベルが下がる



建築の仕事は始まりの金額が高いので、「何をどう直すのか」など、目的を決めないといたずらにお金が飛んでいきます。

先日の地震で屋根がわらが一部移動してしまいましたが、これを直すのに、一メーター一万円としても12メーターほどあるので、12万円は最低でもかかると言われています。

またトイレの便器を新しくするのに、汽車便を洋式にするとしても壊して、床と壁を直して30万円はかかるでしょうか。1日で直すとしてでもです。

このように始まりの金額が高いので、オーナーさんはしり込みしてしまいます。
先日も6帖と台所2畳にトイレとキッチンを入れ替えて180万円になってしまった現場があります。大工さんが直で行った現場でしたが、これくらいかかりました。こうなると、少しでも安い所を求める気持ちもわかります。大手だから高いとか、大工さん直だから安いとかいうことが無くなってきました。

それでも大工さん直だと、プラスαがあります。直す場所ばかりではなくて、他の所の不具合を直したり、蛍光灯の交換なども行ってくれます。行きつけの食堂で、カレーのルーやご飯を他の人よりも多くしてくれたりします。私も学生時代に生協で働いていた先輩から、盛り付けを多くしてもらったことがあります。その方とは今でも賀状の交換をしていますが、良き思い出です。

さて、この所見積もりばかりしている工務店さんがいます。仕事はなかなか決まらないと言います。それでも良い仕事をしようとしています。例えば屋根を直すのに、軒先には必ず広小舞を打ちます。そういうひと手間かけることで、屋根の持ちを良くします。そういう工務店さんはまだいます。

ところが、それがだんだんとベニヤを伸ばしただけの現場が増えてきました。建て売り住宅がそのような作りですが、その影響を受けた住宅が増えてきました。建て売り住宅は合理性は高いと思いますが、「住まい」としては欠けている所があります。それが単価に負けて、簡単な住まい造りになってしまいました。そういうものが主流になればなるほど、仕事のレベルは下がるのかなあ、と思っています。


2011/08/02(火) 晴れ時々曇り


[ 「アカシア」へ行く ]
「アカシア」へ行く


久しぶりに二人で新宿へ行きました。ここのところ、土、日はテニスをすることが多く、出かけることも少なくなっていました。多分、「スンガリー」以来だと思います。

この日も朝にテニスをする予定でしたが、雨のため中止。ゆっくり起きてお昼ごろから買い物に出かけました。映画でも見ようと思いましたが、良い席が取れなかったので、この次にしました。買い物もひと段落した後、今日は「アカシア」で食事です。

ここの一番は、「ロールキャベツ定食780円」です。新宿にしては安い所です。これにサラダをつけて昼食にしました。ここへ来たのも久しぶりです。段々と出かけることが少なくなっています。それでもたまには世の中を見ておかないと時代に遅れます。時代に遅れるのは仕方ないのですが、街にあふれた人を見るだけでも違った気分になれます。デパートなどでも特徴のあるものは売っていません。定番に近いものばかりです。食事も定番で済ませることが増えています。欲が少なくなってきたのでしょうか。

ここ、「アカシア」は羽田空港内にもあるとのことです。


2011/08/01(月) 晴れ時々曇り


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[ 管理者:大野満生 ]


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