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時々更新mn日記

( 2022/12 → 2022/11 )


[ さか子叔母さん逝く ]
さか子叔母さん逝去



 母の妹で静岡に住むさか子叔母さんが亡くなりました。サル11月7日に倒れ12日に亡くなりました。90歳でした。
 さか子叔母さんは私が生まれて時には東京に来て私の子守をしてくれた方です。23歳で結婚し富士宮市の北山に住んでからもおよそ70年近くを過ごしました。
 ここ3年はコロナ禍ということもあり、お目にかかっていませんでしたが、突然の訃報です。身近な方がどんどん亡くなっています。70代を生きるということは、こういうことばかりを経験しながら生きるということなのでしょうか。なかなか辛いです。




中央の帽子をかぶっているのがさか子叔母さん。前列は、父喜平、伯父堯、伯母文枝。

今から20年ほど前に母親の実家を父と訪ねた時のものです。私たち以外、みんな故人となりました。



2022/12/04(日) 曇り


[ 豊玉木材佐藤幸市さまご逝去 ]
豊玉木材佐藤浩市様ご逝去


 去る11月7日に豊玉木材佐藤浩市さまは97歳のご生涯を閉じられました。私は父親とともに二代にわたって公私ともにお世話になった方でした。
 茨城県の常陸太田市で材木屋の長男として生を受け、水戸商業を経て明治大学在学中に学徒出陣し、中国大陸で戦争に参加し、戦後もすぐには日本に戻れずいたことが幸いして蒋介石や毛沢東という歴史的な人物とも交流があったとお聞きしています。陸軍少尉でした。
 その後明治大学に復学卒業したのちは、一時吉田茂の書生を経験そののち、材木屋になったとのことです。天沼にお店を構えのちに環七沿いの豊玉南に移り新東京木材中野支部では月報委員として活躍されておりました。70歳を境に第一線から身を引き、主に練馬警察関係のボランティアと明治神宮の総代をして活躍されました。勿論それに加えて中野支部の最長老として、新年会や班活動にご参加いただきました。佐藤さんは4班に属しておりましたが、班の会合には私も時々参加させていただき、世界情勢から昔の材木屋の話まで幅広きお話ししていただきました。
 ご逝去をお聞きしてご自宅を訪ねた際、事務所兼書斎には多くの本が並んでいました。茨城県関係のもの、佐藤一族に関するものがありました。茨城県水戸時代の同期生のお店である「丸金」もご紹介していただきました。茨城県は徳川の世になる前は佐竹氏が善政を行っていました。その佐竹氏を秋田に追いやって入ってきた水戸徳川家はその地を収めるのに苦労してというお話も数十年前にお聞きした覚えがあります。
 今回お嬢さんとお話ししていて突然盛り上がったのは佐竹氏が持っていた「佐竹版三十六歌仙絵巻」のうち30枚ほどを今から3年ほど前に京都国立博物館で公開した話でした。36枚の絵巻を切り離し、競売し、36人の持ち主のうち30枚を一緒公開する機会にお嬢さんが行かれていたことです。私もその期間中に偶然京都に行き、入館する機会を持ったことでした。そんな話をして佐藤家を後にしました。


40年なんか一瞬ですね。






中野支部での新年会の一幕。芸者さんの三味線に合わせて磯節をうなっているところです。粋な佐藤さんのお姿。こういう材木屋さんもいなくなりましたね。自分も真似できません。



2022/12/03(土) 曇り


[ 飛鳥井さん逝く ]
飛鳥井さん逝く


飛鳥井進次さんが亡くなられたとの突然の喪中はがきに動揺しています。
飛鳥井さんは、1969年10月に初めてお会いした時は同志社大学の一年先輩で、歴史学研究会の席でした。同期の丁野朗君が飛鳥井さんと同じ現代史部会で、私は近代史部会というところに在籍しておりましたので、お目にかかる機会ができたのは初めのころには数少ないものでした。それが類は友を呼ぶではありませんが、八木さん(4回生)、貴田さん(3回生)、山本さん(3回生)、飛鳥井さん(2回生)、そして大野(1回生)と気の合ったもの同士で飲み会をする機会が増え、飛鳥井さんが卒業するまでの2年間大変お世話になりました。飛鳥井さんは大食漢だったので、飲み会の、当時は「コンパ」といいましたが、その前には腹が減るので「パン買うて来い」といわれ買いに行ったこともあります。
その縁で卒業後もお付き合いさせていただきました。橿原の実家にも泊めていただきましたし、結婚式にも呼んでいただきました。ご結婚後も新居に泊めていただきました。その際、八木周辺の居酒屋や寿司屋に連れて行っていただいたことも今は思い出となりました。
寛さんが生まれた後にも、もうその時には現在のご自宅だと思いますが、「息子が生まれた。菊池寛の寛じゃ」といって名前の由来を教えてくれました。
近くに来たら「定宿にしろ」といわれて4,5回は泊めていただいたと思います。
36歳ごろ(1987年後頃か)に一度泊めていただいた後には、お会いする機会がなくなり、つぎはそれから二十年以上経ってしまいました。2017年3月に京都で、昔の研究会仲間で集まりを持った時に京都で再会しました。変わらぬお姿を拝見し、久しぶりに昔話をしました。
そして今から3年前になりますが、私が関西へ行ったときに橿原駅で待ち合わせをして室生寺、聖林寺、談山神社へと車で案内していただきました。室生寺へは行きたかったそうです。その時も「もう車に乗るのは無理かな」とおっしゃっていましたが、「お孫さんに乗せてきてもらえばいいじゃないですか」とお話ししました。お孫さんももう20歳になられるでしょうか。
室生寺の門前でいただいた食事が思いのほか美味しかったのを思い出しています。
心にぽっかり穴が開いた気分です。自筆で書けなくて済みません。改めてご冥福をお祈りいたします。合掌。





右端の帽子をかぶった方です。
2022/12/01(木) 晴れ


( 2022/12 → 2022/11 )


[ 管理者:大野満生 ]


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