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先日、東京都内材木商8団体の若手会の代表が、集まりを持った。自分達の仕事の現状や先行きの不透明感を反映して、都内の材木屋に何が出来るのか、これから考え、行動しようとしている。もちろん、個別の単位では勉強会や木工教室、市場組織の所は市民に市場を開放したり、最近では学園祭のバザーに乗り込んで、住まいが汚染されている実態を明らかにし、それに対して材木屋側から自然素材を使った健康住宅を提案するに至っている。そのような個別の動きを進める一方で、もう少し輪を広げるのが、今回の目的であろう。
さて、そのためには私ども材木屋の役割は何か。その前に材木屋とは何者なのか、これに答えを出さなくてはなるまい。私なりに答えを出してみると、木を縦軸に住宅を横軸においた時にその重なり合った所に位置しているものが、材木であり、材木屋であると考えている。とすると、木材の良さを伝えることと木造住宅の良さを伝えることが社会的な役割になる。総じていえば、木の文化を伝えることにある。
では誰に伝えていくのであろうか。さらにどういう風に伝えていくのであろうか。今までは大工職人という技術者と共に、あるいは職人が主になって、これを現してきた。真壁造りの家には素材である木材の存在感と作り手である大工職の腕が反映され、住む人に安らぎを与える。もちろん施主自身も木の家の良さが分かっているから、仕事を頼んだのであってその逆ではない。
ところが、そのような構造は都内では大分少なくなった。少なくとも自分の会社では、この十年間で鉄筋鉄骨の内部造作が主流になり、また木造住宅があったとしても大壁仕様のものである。そのような家で生まれた子供にとっては「柱や梁は見えないもの」である。このまま放置してあと十年もすれば、それが普通の状態となってしまい、木を見る機会は失われる。
これを書いている今の時点では、桧材の値下がりが伝えられている。また、円安が伝えられ、栂材との価格差が曖昧になっている。この事は内地材を製材しているものにとってはピンチであるが、売り手にとってはチャンスであろう。もちろん安くなれば、悪いものも出てくる。これは気を付けねばなるまい。それよりもこのチャンスを生かすこと。土台と柱ぐらいは「産地と年間契約」して栂よりも安く供給できないものか。etc。
話が脇道にそれたが、私たちも自らの殻に閉じこもってばかりいられない。自分に出来ること、自分達に出来ることを行動に移す中でその次の広がりを期待したい。そのためには個々の団体の特色を明らかにし、その過去を都内というレベルだけでも共有し、それが出来なくても「お互いを否定しあわない関係を作り出そう」ではないか。
各団体の履歴を文書で披露し、刺激しあう中でお互いの人間自身を育てよう。そして、あなたはどんな家に住んでいますかと問いかけ、木を見える所に使う努力をしようではないか。木は、おそらく地球上の生物で、一番大きくなり、また長生きの生物だからである。(97年12月4日)
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