「ここを跳べ」から

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「ここを跳べ」 著・大野満生 1997年10月発行

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目 次


「ここを跳べ」の余談等・・・


ここを跳べ、

 バブルがはじけてからのここ数年、住宅業界においても、大手の住宅メーカーの力が強まり、住宅に使われる素材は部材になり、あるいは住宅そのものが、規格化されたものになりました。フレームもたいていのものは「プレカット」や大断面で出来るし、後は出来合いのものを当てはめながら、ビス止めしていけば、「立派な家」が立ち上がります。この大手の攻勢はまた工務店そのものの組織化をうながし、「設計、施工、流通、施主」の4者に対する関わりを全面的に握ったかに見えます。このため、生産の面においても、流通の面においても主導権を持っています。今やここを抜きにして住宅を考えるのが難しいように思われます。とはいえ、あるいはそうであるからこそ、大手の住宅はより施主を意識したものになっています。最近の住林の広告には「高品質、高性能、責任、健康、快適」という5つのキーワードがのっており、それで施主の心を捉えようとしています。一時の低価格化や耐震性といったものが少し後方に押しやられて、もっと先を見越したキーワードが選択されるようになりました。それだけ、「住み手の側に立った」住宅の在り方が追求されているように思われます。その意味では生産者の論理よりも、住み手の論理が優先され、その事によって、いわば、「人間中心の住宅作りが始まる」様子を見せています。

 さて我々もその方向から、住宅作りに軸足を移さないと何も見えないままかも知れません。我々をとりまく、背景が変わってきて、力関係が変わり、強弱という点では、弱いという所に我々はいるのでしょうが、我々にはまだ「優劣」で勝負をかけるという事が出来ます。最近の「神奈川の家」構想などを見ていますと、勝ち組に名乗りをあげるにはこれくらいの事をしなくてはならないのかとも感じています。このような動きをどう具体化して、動かしていくのか、興味のある所で、そのためには住宅つくりを完成した所から溯って、施工のあり方、設計の在り方を問い直さなければなりません。そして何よりもその施工や設計にマッチした「部材」を提供しなくてはなりません。そしてそれが「より自然素材」で作られたものを提示、提供していく事が私たちの使命の一つになると思います。この事によって「住み手を住まいの主人公に」「人間と自然に優しい住宅作り」の二つの課題が達成されるのではないかと考えています。以上、二つのポイントを考えるのにはいいポジションに木材業者はいると思いますし、またそのためには沢山の努力が必要です。

 それには大きく言って二つの方向を追求する必要があるでしょう。一つは、「プレカットや大断面で建てて」「無垢の木材や集成材で作った部材を組み立てていく」方向。自分で建てたい人などに最適ですし、「早く良く」という課題も追求できます。今一つは素材を丁寧に扱う「人間の知恵の詰まった、素材と人間の合体した」住宅作りです。そこにある素材をあるがままに生かす事によって、木のもつ「命」を生かしながら、人間にとっては「ほっとする家」、自然にとっては二酸化炭素の放出を固定化する家を作り出すことです。これが本来の軸組の在り方だったかも知れません。その両方がないと、自然に優しいという点がおろそかになるように思うのです。その事を実現するために私たちは「ノウハウを作り出す事」「施工とセットで部材を提供する事」その上で「木材を売る事」など、多くの課題を背負うことになります。木材一つ取り上げても、例えば集成材といった形で木を真っ直ぐにすることも出来ますが、曲がったものを人間の知恵で「使い道を考える、復活させる」ということが大切になります。物の命に対して理に適うことで、生き物としての人間を住宅の基本に据えることが出来るのではないかと思っています。そこからすべてが始まります。現在の所、私たちは木材を売らなければ、社会的責任が果たせませんし、木材を売っただけでは生活が成り立ちません。私たちはこの場面を抜け出さなくてはなりませんし、この場面から逃げ出すことは出来ません。

「さあ、ここを跳んでみろ」

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湯たんぽ

 先日、テレビを見ていたら湯たんぽのことが話されていた。湯たんぽと云っても若い人にはなじみがないでしょうが、電気あんかの元の形で、電化される前の暖房器具だったのです。私が子どもの頃、寒い季節になって、「足が冷えて眠れない」といえば、湯たんぽにお湯を入れて、その上から布をかけて「人肌」にしながら、布団の中にいれて布団や足を暖めたものです。湯たんぽの語源は「湯」と「たんぽ」に分かれますが、「湯」は文字どおり「お湯」、「たんぽ」は漢字で「湯婆」と書くそうで、お湯を入れている女の人のことですね。

 この湯たんぽの優れているところは、人間が暖かさを求めているときには暖かく、人間の身体が暖かくなる頃には適当にさめて、いわば、人間の身体に見合った変化をすることです。実は自然の摂理に適っているだけですが、単なる電化では電化の方に主体があって、人間の生理に見合う方向が打ち出されていません。

 今一つ大事なことは、この湯たんぽが人の手を通しながら、愛情を受け取ることができることです。母から子へ、姉から弟へ手渡しされる中でふれあうものを感じながら、人間として成長していくのです。(96年1月18日)

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横山やすし

 横山やすしが死んだ。天才少年漫才師として世に現れ、西川きよしとコンビをくんだ頃から、めきめき頭角を現し、紆余曲折を経ながら、その道で天下を取った一人である。彼なくして、今日の吉本興業の興隆はなかったと云っても過言ではない。テレビで流される10年以上も前の彼らの漫才を見ながら、「思わず笑ってしまう」という力は凄い。

 また、あまり悲しくないと云うのは彼がすでに現役でなかったことに関係するのだろう。彼は自分の人生の振り幅の多さをそのまま、漫才にしてしまった。エンタツ、アチャコに始まるしゃべくり漫才は、関西を主に、ダイマル・ラケット、いとし・こいし、中田カウス・ボタン、wヤングをへて、「やす、きよ」で完成された。「ボケとつっこみ」という漫才のパターンをいったん壊し、二人がどちらの立場にも立てるというのが、強みだ。ネタの良さとスピード感、どれをとっても立派なものだし、今でも通用する。彼らを継げるのは「ダウンタウン」ぐらいしかいないと思うが、彼らは楽な方に走りすぎている。

 私生活においては、破天荒さがイメージとしてつきまとうが、実際は気の小さい、寂しがりやだったと思う。漫才以外のことが考えられないくらい、「好き」だったのだと思う。漫才が好きで好きでしょうがなかったことを、うまく表現出来なかったのか。「きー坊、俺とコンビ組まへんかったら、俺が困るねん」自分を受けとめてくれる、相方を感覚的につかみ、西川きよしという相方がいなければ漫才が出来ないことを一番知っていたと思う。その意味では晩年は少し寂しい。しかし酒におぼれるという、この死に方は桂春団治、藤山寛美、中田軍治に続く大阪芸人のラストを飾るにはふさわしい死に様だったかもしれない。

 職人芸はすたれていくのか。「芸がどんなに優れていても、人間が良くなければいけない」そういう時代に入ってしまったことが彼にとって不幸だったのかもしれない。(96年1月30日)

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長谷川一夫

 半七捕物帖や雪之丞変化、あるいは「ベルバラ」で有名な、長谷川一夫は好きな俳優の一人である。もうだいぶ前に故人となられたが、二つの言葉が記憶に残っている。

 一つは戦争中の軍隊の中での話で、隣に軍人としてできの悪い人がいて、いつも連帯責任で殴られる。その人間をいつもかばうようにしていたが、ある時、草鞋を作れと云うことになった。長谷川はむろん、そんなものは作ったことはない。「困った」と思っているときに、ふと横を見ると、彼が手と足と口を使いながら、藁草履を作っている。「おめーの分も作っているんだよ」見上げるようにしゃべる、その仕草をインタビューを受けながら、長谷川は再実演して見せた。その顔が何とも言えなく素敵だった。

 今一つは大衆演劇家としての顔である。映画人としてこれと云った代表作があるわけでもなく、又それを望まなかった彼はこう発言している。「私たちの役割は、偉い先生達が4年や5年に一度作る大作を見ていただくために、その間肩の凝らない映画を大衆に提供することです。コンスタントに映画出演する事です」自分の役割を良く判っていた人なのだと思う。

 若き日に、二枚目俳優としてデビューし、それを妬まれ左頬を切りつけられ、その傷跡をヘラで塗りつぶしながら、映画俳優としての地位を築き、しかもその左頬のアップを要求したという「これぞ、プロ」という、彼ならではの落ち着いた発言は自らの進めべき道を確信したものだけに許されるものかもしれない。(96年5月7日)

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百恵

 松田聖子は不思議な商品である。自分の欠点を自ら晒すことで、欠点を克服しているように思える。ただ、この商品は私好みではない。その点、やや対極にいると思われる山口百恵は定番商品である。この方が落ち着いていられる。彼女自身、普通の女の子から、出発した。顔が特別良いわけでも、歌が飛び抜けてうまいわけでもない。仕事を通していく中で「少女から大人へ、女性へ、母親へ」発展していく中で大きく成長を重ねた商品である。その姿は、人間の可能性を感じさせる。

 歌手という面では、一曲出す事に音域であるとか表現であるとか、成長の跡が見られる。100万枚を越える大ヒットはないものの着実にヒットを重ね、得点を上げる。しかも中身が段々と濃くなる。8年にわたる歌手生活に於いてその世界で美空ひばりとならび表されるだけに成長した。

 百恵にはまだ幾つかの顔がある。映画女優として、テレビ俳優としてであり、また「作家」でもある。テレビでは「赤いシリーズ」と言えば山口百恵という印象があり、そこでは薄幸の少女を演じた。その反面映画では川端康成や堀辰雄の文芸作品に多く登場し、夫になる三浦友和とセットで、その将来祝福される存在を示した。又自伝「蒼い時」は自分の影の部分までふれて、アイドルの自伝の枠を超えた。

 このように山口百恵は歌手、映画女優、テレビ俳優という3つの得意技を持ち、それぞれの分野に於いて、成長を重ねながら、相互作用し、相乗効果を創り出していった。その向こう側に「幸せのシンボル」として皆の心に記憶させた。彼女は三つの心棒を回転しながら上にも下にも伸び、大きな円柱となって私達の前に存在しているように思われる。その存在感が安定した魅力になっているのではないかと思う。(96年6月4日)

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未来からのメッセージ

 渦中にあって自らを見失う事がある。自らの目的も方向もはっきりしているのに自分の位置が判らなくなる。そんな時はもう一人の自分を登場させて、俯瞰でものを見るようにすると良い。ある程度高い位置に登れば、物事の成り行きがつかめる。

 私達は、来るべき21世紀やその前に立ちはだかる世紀末を意識しながら、暮らしている。あるいは意識することなく暮らしている。今日の日本にあっては餓死者は出ないと思いこんでいたが、つい先頃のニュースでは、そのような事態が、現実のものとなっている。それだけ人間が「個」に分解されて、自分自身の拠り所になるものが無くなっている。あるいは見つからない人が増えている。そして時間だけが過ぎていく。

 人間は何を拠り所として生きていくのか。肉親や友人を拠り所としながらも、基本は一人なのだと云うことを、最近感じる。「個」に分解されて、これ以上分けることが出来ないところまで来た。ここに及んで二つの対応がある。負け犬になるか、とりあえず進んでみようとするのか。そして後者を選んだものだけが、次のステップに進めると、実は考えている。

 「未来への扉は自ら開けて入れ」である。私なりにこの時代を、規定して「足し算+かけ算」の時代と表現してみたことがある。「足したり、かけたり」していくうちに大きな力になっていくものだと考えている。いわば、個人を起点として、その延長線上に、「世界や組織」を持ってくるのである。ただ、そのためには個人が一人前であるのが前提条件と考えてきた。

 以下、例題。

  1. (0.5×0.5×0.5)=0.125
  2. (0.5×0.5×0.5)×3=0.375
  3. (1.2×1.2×1.2)=1.728
  4. (1.2×1.2×1.2)×3=5.184
  5. (0.5+0.5+0.5)×3=4.5
  6. (1.2+1.2+1.2)×3=10.8

 以上から、一人前以上のもの(1.2)だけでなく、0.5人のもの(一人前に満たないもの)でも足してから、掛け合わせると、人数分以上の働きをすることが判った。私達としては4から6までの方法が採るべき道であると思う。

 人間互いに足りないところを補っていくと、いい線まで行くと云うことか。基本は一人。しかし補いあうと云うことも又人間の原点である。(96年5月7日)

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モック公開セミナー開かる

 去る4月19日には「モック」の公開セミナーが新東京木材会館会議室で開かれました。今回は大田区で寿々木塗装店を経営する一方で、エコロジー・美塗装コンサルタント「アトリエ・ベル」を設立し、健康住宅のための自然塗料を普及することに努めておられる鈴木光明氏を講師にお招きして「塗料全般のことから天然素材で作られた自然塗料について」講演していただきました。

 今回のセミナーは「自然塗料」の話ということもあって、組合員だけでなく、工務店や設計士の皆様にも参加を呼びかけ、多くの(30名)参加者が得られたことを初めに記します。

 さて当日は、木村恵一理事長、横田幸雄モック会長の挨拶に続き、鈴木さんにお話していただきました。まず、塗装とは何かという以前にエコロジーという考え方が大切だと話されました。自然の生態系を崩さないで物質の循環を行うというこの考え方を頭の中に入れて置いてくださいということでした。

 次に塗装とは何か。塗料とは何か。塗料はどうして乾くのか?そして何が入っているのか?従来の塗料とエコロジー塗料との違いは何か。エコロジー塗装と従来の塗装の比較などを沢山の塗装見本、豊富な塗料サンプルを使いながら話されました。そのような中で、誰でも出来るエコロジー塗装法として「セラック仕上げ」と「ファスングオイル+蜜蝋ワックス仕上げ」及び「たんぽ」の作り方を教えていただき、有意義な一日を送りました。

 これらの話の中では自然塗料といえども人間に有害なものはあり、まして現代の塗料は樹脂、顔料、溶剤、添加材、どれをとっても無害なものはあまりありません。そこで、よりエコロジーに近い塗料の開発、推進は大事なことになります。その一方で、なぜ塗装しなくてはならないのか、塗装しないようなも
のは作れないのか、どうしても塗料を塗らなければならない所と、塗らなくてもよい所を区別して少しでも塗料を減らすことも一考であると話されました

 現在、住宅における室内汚染が問題になり、化学物質過敏症になる人が増えてきている今、エコロジーという考え方を基本に置いて健康住宅を作り出していこうとすると、ここではユーザーの役割が大きくなります。自分や家族の環境は自分達で作っていく、そういう姿勢や実践が大切になります。たとえば、床板が傷つけば、それを補修する。それも自分で。今回「たんぽ」の作り方を教えてもらいました。「タオルで芯を作る、それにラップを巻く、その上にタオルを被せて元を縛れば、たんぽが出来ます。その先に塗料を染み込ませれば」刷毛などがなくても、立派な塗装用具です。自分でメンテナンスすることが大事です。そういうユーザーを補完するものとして、われわれがいます。そして私達は私達にしか出来ない仕事をしなければなりません。

 これは後日談ですが、わからないことがあって鈴木さんへお聞きしたときに、「今のユーザーは木の文化がわからなくなった」「木の文化を教えることが材木屋さんの役割だよ」「塗料にしても元をただせば木と関係が深い」「ヤニと植物油からできているのだから、何も同じようなものを上から塗る必要はないと思う」「汚れたら拭く、それでもだめならば塗装すればよい」「今のエンビの家は飽きがくる。ほっとする家、ホットな家を作ることが大事じゃないか」といわれてしまいました。

 また今回の話の中でも、五種類の塗料を持参してユーザーの体質に一番適したものを塗るという話してをしていただきました。人の顔が一人一人違うように、人によってアレルギーも違っているのでその人に匂いをかいでもらってその人に合う塗料を見つけて確かめてから使うという気遣いを示しています。そういう引き出しをたくさん持つことを私達も見習わなければなりません。

 さらに実技で「ファスングオイルを使ったのは、あの時間の中で二回塗りを行いたかったからで、自然塗料としてはドイツのアウロ社やリボス社のものはよりエコロジー製品です。塗装するのに少し時間がかかりますが。それなら、定価より安く販売してくれる」というおまけもありました。

 以上、今回の全体的な報告という意味では力不足ですが、このセミナーが外に開かれた一つの集まりとして、工務店さんや設計士の方に「市場」を見ていただいたこと、若い組合員の方々の参加をいただいたことの二つを大きな成果として、次に進んでいきたいと思います。

 この項を書くに当たってインターネット上で「塗料+健康住宅」と入力し検索してみた所、「アウロやリボス」といった自然塗料の会社のホームページや健康住宅研究会なるものが建設省の肝いりで発足したことが書かれてありました。健康住宅への関心は高まっています。今私たち木材業者は自然と人間にやさしい住宅を作り出すために「売るべきものは何かを明らかにし」あるいはその根底にある「日本人が培ってきた木の文化について」再認識しなくてはならないと思っています。(1996/5/13)

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あなたは売る物を持っていますか

 4月号の月報には杉並の山芳さんが纏まりのある巻頭言を書いていた。時代の変化に連れ、売り方や売る物が変化し、従来の商売の問題点はなくなりつつある。その代わり、幅広い知識が要求され、住宅そのものと格闘しなければならなくなった。同業者が競争相手であった楽な時代が終了し、ハウスメーカーやサッシルートと戦わなくてはならなくなった。さらに、そことも「昨日の敵は今日の友、今日の友は明日の敵」といった緊張関係の中で、綱引きをしなくてはならない。その中で私達は何を売るのだろう。古敷谷さんは木材だという。それは間違いなかろう。では木材のどれを、あるいは何を売るというのだろうか。刻むことも無く、削ることも失なわれつつある今、三鈴がいい、イギルマじゃないとだめだ。などといっている場合ではない。昭和会で呼んだ榎戸さんも「住宅受注専門会社」を作り、営業部門=専門会社、資材部門=木材業者、施工部門=工務店と、専門店のネットワーク組織を作れば良い、大手に負けない、と発言されていた。が、資材部門に材木屋が名前を連ねるためには売るべき商品を明らかにしなくてはなるまい。林野庁が売るべき商品を明らかにしながら、エンドユーザーにアプローチしているように、私達も売るものを作り出さねばなるまい。

 あなたは売るものを持っていますか。(97年5月20日)

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「ここを跳べ」余話

 思い立ったが吉日とばかりに、息せき切ってここまできた。舷燈社に原稿を出しに行く途中、題名の無いのに気づいた。何にしようかと運転しながら考えていたら、「木に咲く夢」というのが浮かんだ。良いともいえないし、悪いとも言えない。「気さくな夢」と「このはなさくやひめ(木花之開耶姫)」をもじったものである。気取らない話という意味合いと「花を咲かせなくてはいけないかな、咲かせたいな」という意味合いがある。さらに今から28年前に多泉和人氏に「わたぼこの中に咲いた花」を教わって以来、時折口ずさむ事があり、そのような、この間の時の流れに対しての感慨が生んだ題名である。

 さて、上梓にあたっては数多くの方々の力添えがあった。本来であれば、お名前を上げ、お礼をするのが筋であるとも考えたが、自己満足的作品なので省略させていただいた。とはいえ、もう会えなくなった人の名はどこかに書き止めておきたい。捧げるほどの出来栄えのものではないから躊躇もあったが、わがままを通す事にした。最終日を6月8日としたのにも理由がある。ある人の命日をもって、その日とした。私の中の「二つの魂」の一方を、やや小さくなりながらも形成している人である。さて、お分かりであろうか。

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出版記念パーティーでの挨拶(小さな商売が否定される時代には)

 皆さんこんばんは、大野でございます。私もこの業界に入って20年になろうかとしております。せんだって、今度本を出したから、「新東京モックで何かやってよ」とおねがいしたところ、このような、晴れがましい場所で出版記念パーティーを開いていただきまして、大変ありがたく思っております。昨今の私どもの業界の状況から考えますと、少し贅沢すぎるかな、という気も致しますが、「そう沢山ある機会ではない」と思いまして、今回ご厚意に甘えさせていただきました。その意味でこの席を設けていただいた「新東京モック」の横田会長に感謝いたします。

 さて、私の勤務する会社は有限会社大喜といいます。普通の材木屋さんと違って「何々」材木店という文字が入っておりません。それをいいことに「何を売ろうが、特別な規制もなく、定款にも材木や新建材販売に加えて、建築や保険の仕事も出来るようになっております。又、親が築いてくれた財産も少しあり、アパートやマンションのあがりで生活をしています。では、私の仕事は何でしょうか。傍から見たら、「材木屋さんですね」じゃあ、材木屋さんて何なんでしょう。私自身は木の専門家というのには程遠いのですが、根幹は、自然素材を扱うことで、お客様に木の文化を伝える立場にいます。私たちは現実的には不動産屋であったり、マンション経営者であったりして、幅広い集団ですし、それは大変大事な事だと思いますが、根っこの所はそこにあると思います。そうだとすると、私たちは自分達の扱っている物で社会に貢献しなくてはなりません。「健康住宅を作ろうよ」というのが、次の問いかけになります。今盛んに話題になっていますが、本物の木を多用することによって、この基本線は達成されます。

 そこで次に、これをエンドユーザーに伝えてみてはどうでしょうか。エンドユーザーは「本物の木を欲しています」「住まいと健康」あるいは「環境問題」に強い関心を持っています。今流行のインターネットを使うという手段もあります。エンドユーザーは自分のニーズに見合った情報を探しています。さらにいえば、その情報の向こう側にいる「信頼できる人間を探しています」ということは私たちも情報発信すると共に人様から信頼される人になりましょう。それには自分が考えていることを行動に移してみることです。ここに居られる三國屋さんや北島さんのように、人より前に出てみることが必要です。

 わたしも、今回「この本」を出しまして、工務店さんと話すきっかけができました。おととい、本を買っていただいた工務店が「少し仕事をわたすよ」といってくれて、流し台をいただきました。

 ともあれ、「材木屋って何」「健康住宅を作ろうよ」「エンドユーザーへの情報発信」といったものに答えを出すことが「これからの若い方々の課題になると思います。「あいつは釣りの名人だけど材木も売っている。テニスもプロ並みだけど木材に対する情熱も熱いよ」といったふうに私たちが評価される中で、木の文化を広めていきましょう。材木屋が否定される時代においては仲間を集めて自らを問い、足元を固めて一歩踏み出してみる勇気が必要です。「金がないから来ないぞ」といっていた丸宇方々も頑張っていますね。頼もしい限りです。

 話が少し脱線しましたが、今回この本が出来て見て、「表紙がいいね、」「カットが素敵、」「題名に勢いがある」などという、お褒めのお言葉を頂戴しました。その反面、業界用語が多すぎる。「わかったのは山口百恵ぐらいだ」という友人の感想もありました。その意味ではもう少し普通の人に分かる言葉で、話をする。あるいは表現してみることが私にとって、次の課題になりました。何時になるかわかりませんが、次回作があるとすれば、もう少し読みやすいものになるでしょう。

 最後になりましたが、表紙を作っていただきました、舷燈社の柏田さん、挿画を担当していただいたの松村茂さんに深く感謝し、私の挨拶とさせていただきたいと思います。(1997−11−14)

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